大判例

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東京高等裁判所 昭和26年(う)5163号 判決 1952年1月26日

控訴人 原審検察官

被告人 三浦式太郎

検察官 松村禎彦関与

主文

原判決を破棄する。

本件を原裁判所に差戻す。

被告人の控訴はこれを棄却する。

理由

検事並びに被告人の各控訴趣意は末尾添附の書面記載のとおりである。これに対し当裁判所は次のように判断する。

検事の控訴趣意について。

第一点よつて調査するに、昭和二五年七月二四日附の追起訴状には公訴事実として「被告人は昭和二四年十一月初旬頃より同二五年五月中旬頃までの間に十数回に亘り甲府市桜町一〇番地松林軒百貨店の二階において、衣料品の販売店を経営している同市上一条町二十二番地岡島徳造方の店舗より毛布一枚外衣料品四十五品目を窃取したものである」と記載してあつて、犯行の始期及び終期並びにその間に行われた窃盗の回数、賍品の合計数量のみを記載し各個の犯罪行為を特定しないで一括して記載してある。ところが原判決は連続犯の規定が削除された今日では右十数箇の窃盗行為は一罪を構成しない。そして各窃盗行為について、一の犯罪行為から他の犯罪行為を区別して、これを特定し、もつて法令を適用すべき基礎を認めることができないから各訴因は特定せず、従つて公訴提起の手続は違法で無効であるとして公訴を棄却しているのである。

惟うに連続犯の規定が削除せられた今日では数箇の行為を大審院の判例が認めたような条件で一罪とすることは正当でない。しかし連続犯の規定が削除されたからというて直ちに連続犯的の犯罪は絶対に認めることはできないと解するのは早計である。一箇の犯意に基づく同一人に対する数次に亘る実行行為は日時場所を異にしても包括して一罪を構成するのである。元来犯罪の箇数は常に必ずしも自然的(又は社会的)事実としての行為の数の単複によつて決せられるものでなく常に法的事実として規範評価によつて定まるのである。従つて時として外観的には各独立の数箇の行為である如く認められる場合でも、規範的評価の上からは、これを包括して一箇の行為と認めるのを相当とする場合がある。ただ数箇の行為を包括して、これを一罪たらしめる要件は何であるかが問題であるが、その要件は数箇の行為が同一罪名に該当すること並びに犯意及び結果の各単一性であると解するのが相当である。同一罪名とは大審院の判例の認めたような広い意味に解すべきでないことは刑法第五五条の規定が削除された今日では当然のことである。次に数箇の行為を一罪と見るか、数罪と見るかは現行法上は刑を併合加重するべきか、どうかに関係してくるのであるが、刑の軽重の契機は犯人の悪性の強弱に求めるか、或は結果の大小に求めるかは大問題であるが現行法は折衷的の立場を採り、その双方を考量しているのである。これは未遂犯、中止犯に関する規定や刑事訴訟法第二四八条の規定の精神からも窺われるのである。ところが一般的にいうと、結果が単一でも犯罪的決意が複数である場合(いわゆる承継的意思継続の場合を含む)は犯意の単一の場合よりも悪性が強く、また犯意が単一でも結果が複数である場合は結果の単一である場合よりも結果が大で、しかも悪性も強いのが普通である。即ち犯意や結果の何れかが単一でない場合にはその何れもが単一である場合よりも一般に悪性が強いか結果が大である。従つて併合加重をしないで、一罪として処断するには犯意並びに結果の各単一性を要するものと解すべきである。以上の要件を具備すれば数箇の行為は一罪を構成し、そして一罪だとすれば本件追起訴状のように犯行の始期と終期、その回数、目的物の主なものを掲げてその合計額犯行方法等を記載すれば訴因は特定するわけである。さて本件追起訴状の記載によれば、十数回の犯行が同一罰条に触れ、またその結果が単一であることについては疑がないが、犯意の単一性に関する記載が明確を欠いている。同一意思の下にしたという記載もなく、記載の全趣旨からも、そのことが窺知できない。さればというて数箇の犯意の下にしたとも判然読めない。かような場合には裁判所はよろしく検察官に対し釈明を求めて、その何れであるかを明確にし、検察官において犯意の単一でない旨釈明し、しかも犯行の回数も十何回であるか、その日時、各犯行の目的物の主たるもの等について明確にしないときはこの時こそ各犯罪について訴因を特定しないものとして公訴を棄却すべきである。しかるに原審は連続犯の規定が削除された今日では数箇の行為は一罪を構成しないものであると解し、検察官に対し上述の釈明も求めないで、直ちに訴因を特定しない公訴であるとして、これを棄却したのは罪数に関する法律の解釈を誤つたもので右違法は判決に影響を及ぼすこと明白である。論旨結局理由がある。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 石井文治 判事 鈴木勇)

原審検察官の控訴趣意。

第一点原判決は右被告人三浦式太郎に対する昭和二十五年七月二十四日附本件追起訴状記載の追公訴について其の訴因が特定していないから、公訴提起の手続に違法があつて、無効なるものとして之を棄却されたのであるが原判決は本件追公訴に係る犯罪は単なる一個の犯罪であるに拘らず十数個に亘る多数の犯罪行為の存するものと誤認されたのであつて、而して、此の誤認は判決に影響を及ぼすべき重大なる誤認であるから、原判決は破棄せらるべきものであると信ずる。

原判決の理由について之を観るに、-前略-昭和二十五年七月二十四日附の追起訴状の記載を見るとその公訴事実として『被告人は昭和二十四年十一月初旬頃より同二十五年五月中旬頃迄の間に十数回に亘り甲府市桜町一〇番地松林軒百貨店の二階に於て衣料品の販売店を経営している同市上一条町二十二番地、岡島徳造方の店舗より毛布一枚、外衣料品四十五品目を窃取したものである』と記載されてあつて、右公訴事実の昭和二十四年十一月初旬より昭和二十五年五月中旬頃迄の間に十数回に為した窃盗は刑法中連続犯の規定が削除された今日では一罪を構成しないから、右起訴事実には十数個の窃盗の訴因が含まれているものと解するしてみればかかる記載は単に複数の行為に共通する始期及び終期並にその間に行われた窃盗の回数、賍品の合計数量を掲記したのみであつて、一の犯罪行為から他の犯罪行為を区別してこれを特定しもつて各個の行為に対し法令を適用すべき基礎を認めることができないゆゑに、各訴因は特定しておるということができないのである。従つてこのような訴因を明かにしない被告人に対する昭和二十五年七月二十四日附追起訴状による公訴は、その提起の手続が違法のため無効といわなければならない。よつて刑事訴訟法第三百三十八条第四号によりその公訴を棄却すべきものとすると判示されている。

(1)  然し前叙の如く本件追起訴状記載の公訴事実は、右被告人三浦式太郎に対する一個の犯罪事実であつて別個独立の構成要件を具備する多数の犯罪行為ではない。即ち右被告人三浦式太郎は単一なる犯意の下に本件の被害者である岡島徳造方に於て、昭和二十四年十一月初旬頃より昭和二十五年五月中旬頃迄の間に前後十数回に亘つて本件の窃取を行つたのであるが、それは結局一個の意思活動に基く本件の窃盗行為に於ける態様を示すものであつて其の十数回に亘る窃盗行為は何れも其の基本とするところの一個の意思活動の下に統括せらるべき筋合のものであるから、其の各個の窃盗行為を別個独立の各犯罪行為として観察すべきものではない。今此の関係について例示するならば甲なる者が乙なる者に対して其の一個の犯意-一個の意思活動-に基いて何回となく殴打を重ねたというが如き場合に於て其の殴打行為は従令数回に亘つておるとしても単なる其の外観的行為だけに捉われて其の殴打の回数だけのものがそれぞれ一罪を構成するものであると認定することは一個の犯罪の態様をなすところの事実を捉えて之を罪数の計算に算入するという誤膠を冐すことと其の軌を一にするものであると信ずる。

(2)  右被告人三浦式太郎に対する本件追起訴に係る犯罪事実について其の犯意の単一であることを認定するに足るべき具体的事実について之を検討するならば右被告人三浦式太郎は本件松林軒百貨店の二階に於て自己の義妹(妻の実妹)にあたる三浦美智子に対して資本金五十万円位を出資して同人の名義を以て松林軒布団部と称する店舗を昭和二十四年七月十三日より之を経営させるようになつたのであるが昭和二十五年三月下旬頃同店舗内にある売台(一台)の下部の部分を自己の潜伏場所に適するが如き頗る巧妙なる装備を施して之を改造し、他の者が不知の間に該場所に身を潜めて本件松林軒二階に夜間、人無きを奇貨として該二階に於て右三浦美智子名義の店舗と隣接している本件被害者岡島徳造の経営する店舗(松林軒衣料部と称する店舗)の商品陳列場に於て継続して窃盗行為を行おうといふ単一なる意思活動の下に前後十数回に亘る罪態を以て本件窃盗の反覆せられたるものであると思料されるのである。

斯様に右被告人三浦式太郎は本件犯行の最初から一時的ではなくして相当の期間に亘つて回を重ねて同一被害者の所有物を窃取しようという手段方法を考えて之を其の実行に移つたのが本件追起訴状に公訴事実として記載したところの犯罪事実であつて結局本件追起訴状に記載した公訴事実については、其の犯罪事実は特定しておるものであつて何等の違法も存しないものであると信ずる。

本件追起訴に関する訴訟記録及び原審に於いて取調べた証拠について之を観るに(以下証拠の内容の引用は省略)

(3)  原審に於ける右被告人三浦式太郎に対する本件追起訴に係る公訴事実と其の審理の経過

原判決の認定されるよう右被告人三浦式太郎に対する本件追起訴に係る犯罪行為について若し之が特定を欠いておるものであつて起訴の手続上無効なるものであるとするならば本件第一回の公判に於て検察官が本件の追起訴状を朗読した際に原審裁判官に於かれては須らく其の釈明権を行使されて検察官に対して之が釈明を求めたる上違法なる手続であるという心証を得られたならば直ちに之に対して刑事訴訟法第三三八条第四号の規定に基いて公訴棄却の判決をして然るべきものであると思料せられるのであるが原審に於ては敢て此のことなくして該追起訴に対する事実審理、証拠調等を重ねてきたということは原審に於て、自己矛盾の嫌があつて或は本件の具体的事実について最初から十分なる認識を得られなかつたのではなかろうかとも考えられるのであるが、兎に角斯様な原審に於ける公判審理の経過は本件事実に対する事実誤認に関する経過的事情として之を附記するに値するものと思料されるので敢て茲に叙述する次第である。

(本件に関する参考判例)○最高裁 二四、七、二三 第二小法廷 集三巻八号(旧事件)○最高裁 二五、一二、一九 第三小法廷 集四巻一二号(同)○東京高裁 二一、一二、一〇 東京二四年一六八頁 ○広島高裁 二五、九、一三(特報一三号一二八頁)○名古屋高裁 二五、一一、二八(同一四号九四頁)○広島高裁 二五、九、六(同一三号一二五頁)○名古屋金沢支部 二五、六、一四(同九号八八頁)

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